帯の三大産地について~歴史・特徴・見分け方を解説~

振袖の帯

地厚でさまざまな技法を必要とする帯は、全国各地に広がる着物の生産とは異なり限られた地域でのみ生産されてきました。

今回は日本の帯の三大産地(西陣・桐生・博多)の歴史や特徴を解説し、産地ごとの帯の見分け方についてもご紹介いたします。

 

帯の産地といえば?

振袖の帯

着物が日常着でなくなった現代では「帯の三大産地」という言葉を耳にすることがあまり無いかもしれませんが、帯の産地は昔から「西の西陣、東の桐生」これに加えて「博多」が有名です。

京都府の西陣、群馬県の桐生、福岡県の博多、これらが帯の三大産地と呼ばれます。

 

帯の三大産地それぞれの歴史・特徴

帯の三大産地の西陣、桐生、博多それぞれの産地としての歴史や生産される帯の特徴などを解説していきます。

京都・西陣

京都西陣

西陣とは京都北西部一帯を指します。「西陣」という名称の行政区域は無く、上京区、北区を中心に、北は上賀茂、南は丸太町通、西は西大路通、東は烏丸通に囲まれたあたりを指します。

西陣織とは?
西陣織の帯

出典:西陣織|KOGEI JAPAN(コウゲイジャパン)

西陣織は、 “西陣織り”という技法があるわけではなく、西陣で織られる「多品種少量生産が特徴の京都西陣で織られる先染めの紋織物」の総称です。昭和51年(1976年)に国の伝統工芸品に指定されました。

西陣織の特徴

西陣織は紗や絽、羅といった透かしの生地や二重構造の多彩な織り方が発達してきたことが特徴です。先染めしてから織るため丈夫でシワになりにくいのも特徴であり魅力です。

西陣織の歴史

西陣織の歴史は非常に古く、西陣の名称が使われるよりもはるか昔の古墳時代までさかのぼります。応神天皇のころ百済からの帰化人が山城の国(現在の京都・太秦あたり)に住み養蚕や機織を伝えたのが起源とされます。平安時代になると「織部司(おりべのつかさ)」と呼ばれる宮廷の織物を管理する役所がおかれ、朝廷や貴族の衣服を織る機織の仕事は一層盛んになりました。

平安時代の半ばを過ぎると職人たちは朝廷から離れ自ら織物業を営むようになっていきます。職人たちは織部司の東に移り自由な織物作りを始めました。 宋から伝えられた綾織の技法を研究するなどして、その後は独自の織りの技法を開発していきます。

室町時代の中頃1467年に京都では東軍と西軍に分かれて争う応仁の乱が起こります。京都は10年間も戦場となり職人たちは戦火をさけて奈良や堺などの各地へ逃れました。やがて戦乱が静まると職人たちは再び京都に戻り織物を再開します。

西陣という名称は西軍の山名宗全が本陣を構えた大宮あたりに職人たちが機業の中心をおいたところから、そこで生産される織物を西陣織と呼ぶようになったとされています。

この時堺より戻った職人から明の進んだ技術を取り入れることで、さらに優れた織物作りが盛んになり西陣はますます発展していきます。

江戸時代の半ば町人文化に隆盛を極めた西陣織は段々と勢いを失っていきました。度重なる飢饉や大火、幕府による奢侈禁止令により贅沢が禁止されたために高価な西陣織の需要がなくなり、さらに東京遷都の影響により京都の街の勢いはなくなります。

しかし昔から海外の先進技術を受け入れていた京都は、明治時代にフランスのリヨンに織物職人を派遣してジャカード織の技術を導入します。この結果、京都織物はその近代化に成功し最高級の織物としての地位を確固たるものにしました。大正・昭和時代に至り、高級な絹織物の大衆化を進めながら伝統技術の高度化や図案・デザインの洗練に努め、現在では京都内のみならず日本の代表的な高級織物の産地となっています。

西陣織の技法

西陣織には以下の12種の技法があります。

  1. 1, 綴(つづれ):緯糸のみで文様を出していく。職人の爪をノコギリ状にする爪掻きの技法が有名
  2. 2, 経錦(たてにしき):色とりどりの糸で織る錦のなかで最も古い。経糸で文様を出す。
  3. 3, 緯錦(ぬきにしき):錦の中でも最も華麗。地も文様も緯糸で表現する。経錦に比べると大きな文様が表現できるのが特徴。
  4. 4, 緞子(どんす):密度が高く厚地だが柔軟性があり光沢、高級感がある。鎌倉から室町時代に中国からの舶来の幾つかは名物裂といて大切に伝えられる。織物三原組織の繻子組織を基本とした紋織物。
  5. 5, 朱珍(しゅちん):緞子と同じく繻子織。緞子との違いは地上げ紋がないこと。繻子組織地に金銀箔を含む多彩な緯糸で文様を表現する。
  6. 6, 紹巴(しょうは):経緯ともに強く撚りをかけた糸で細かい杉綾状や山形状の地紋を表す。強く撚りをかけた糸を使用することで柔らかな質感になる。
  7. 7, 風通(ふうつう):織物の表裏がそれぞれ別の糸で織物組織され二重織物になって模様が構成される。経糸緯糸それぞれ2色以上使うことで表裏の文様は一緒で色が正反対になる。
  8. 8, 綟り織(もじりおり):経糸を相互に捩り合わせた織物で織り目が透くようになる。紗、絽、羅が代表。
  9. 9, 本しぼ織り(ほんしぼおり):経緯ともに練染した絹糸で平織りや二重織にしたもの。使用する糸は予め撚りをかけ米糊などの植物性糊料を手作業でもみ込んでおき、織り上げた後ぬるま湯に浸し揉んでシボを出す。
  10. 10, ビロード:横に針金を織り込み、後で針金の通った部分の経糸を切って起毛する。または切らずにパイル状の輪奈のままの有線ビロードとする。
  11. 11, 絣織(かすりおり):部分的に防染して平組織に織り上げ文様をあらわす。
  12. 12, 紬(つむぎ):真綿をてつむぎした糸を手機で織り上げた先染めの平織り。

参考:西陣織の品種 | 西陣織工業組合

群馬・桐生

群馬県、桐生市の歴史的建造物、ノコギリ屋根の機織り工場

桐生市は群馬県南東部に位置する市です。古くから織物で栄えた街並みは桐生新町重要伝統的建造物保存地区をはじめ各地に残る200棟以上のノコギリ屋根工場が今に伝えています。

桐生織とは?
桐生織の帯

出典:桐生織|群馬県ふるさと伝統工芸士会

桐生織は、群馬県桐生市及びその近郊に位置するみどり市、太田市、伊勢崎市、栃木県足利市一帯で織られる先染めの絹織物です。桐生織には1000年以上の歴史があり、昭和52年(1977年)に国の伝統工芸品に指定されました。

桐生織の特徴

桐生織の最大の特徴はジャガード織機で織る先染めの織物である点です。桐生の地形や気候により良質なお蚕がとれたことで古くから養蚕が盛んであったことや、新技術の導入に熱心だったことで手工業生産システムを分業化し、マニュファクチャ制度を確立しました。絹以外の天然素材や化学繊維にいたるまで素材を生かした織物に挑戦し今日まで発展しています。

桐生織の歴史

桐生織の起源は今から約1300年前の奈良時代まで遡ります。
桐生織に関する最古の記載は、奈良時代の714年(和銅7年)続日本紀によると織物を税(調)として納めた記録が残っています。

桐生織が普及した背景には養蚕や織物の知識に長けていた白瀧姫が桐生の人々に伝えたという白瀧姫伝説があります。

“白瀧姫伝説”とは、約1200年前の桓武天皇の時代に朝廷に仕えていた山田郡の仁田山郷(今の桐生市川内地区)出身の男が官女の白瀧姫に恋をしたことにはじまります。その後男が詠んだ和歌が天皇に認められ白瀧姫を伴い桐生への帰国が許されます。養蚕や機織に優れていた白瀧姫は村の人々に養蚕・製糸・機織の技術を伝授し、そこから桐生を中心に織物が盛んになったといわれています。

桐生織は後に西陣織と双肩をなすほど有名になり、鎌倉時代には武士たちの身の回りの品や幟にも使われるようになりました。
1600年の関ヶ原の戦いにおいては、徳川家康からの要請により総力をあげて2410もの旗絹を1日で用意したとの逸話も残されています。

江戸時代後期に第11代将軍家斉の逸話で「将軍が好んでお召しになった着物なので『お召』と呼ばれるようになった」というのは有名です。お召の産地は桐生以外にも西陣や十日町がありますが、桐生産の「お納戸色に白の細格子縞」を自身の御止柄としたことで桐生産のお召は広く知られるようになりました。

江戸時代後期に手工業生産システムを分業化してマニュファクチャ制度(工場製手工業)を確立し、明治時代に入って5年に力織機、10年にはジャカード機を購入して近代技術を導入し桐生は代表的な織物産地としての地位を築いていきました。
昭和初期には1万台以上の織機を有し複雑な紋織物が生まれさらに技術発展を遂げましたが、第二次世界大戦中に国家統制により軍需工場へと転換されてしまいます。

第二次世界大戦後はミシン刺繍など海外向けの商品も含め、さまざまなものを織りだして発展していきました。

桐生織の技法

桐生織には以下の7種の技法があります。

  1. 1,もじり織(もじりおり):経糸が絡みながら緯糸と組み合うことで折り目に隙間ができる風変りな織物。
  2. 2,お召織(おめしおり):お召糸の撚糸には八丁式撚糸機を使用。独特の細かい凹凸が特徴。
  3. 3,緯錦織(よこにしきおり)または(ぬきにしきおり):単色の経糸に八色以上の緯糸で文様を描き出す先染め又は先練りの平織り、綾織り、朱子織。
  4. 4,経錦織(たてにしきおり):三色以上の経糸と二色以上の緯糸で文様を表す先染めの平織りまたは綾織。
  5. 5,経絣紋織(たてかすりもんおり):経糸でかすり模様を表現し、さらに複数の緯糸で文様を織り出す先染め先練りの紋織。
  6. 6,浮経織(うきたており):二色以上の経糸を密に使い刺繍のような滑らかな紋を織り出す先染め又は先練りのたての重ね織。
  7. 7,風通織(ふうつうおり):二重の生地を裏表に現すことで柄を表現する先染め又は先練りの二重織。

参考:桐生織の七つの技法|桐生市ホームページ

福岡・博多

博多旧市街 博多町家 博多町家ふるさと館 福岡市博多区冷泉町

博多は九州地方北部、福岡県福岡市の地域で中世には商人たちによる合議制で治められた日本史上初の自治都市・商業都市として繁栄しました。

博多織とは?
博多織

出典:博多織|福岡県伝統的工芸品

博多織は、福岡県と佐賀県で作られている絹織物です。細い経糸(たていと)に、太い緯糸(よこいと)を強く打ち込むことで生まれる厚く、張りのある生地が特徴です。昭和51年(1976年)に国の伝統工芸品に指定されました。

博多織の特徴

博多織の最大の特徴はしなやかで丈夫なことです。生地に厚みや張りがあるため帯として適しています。博多帯の締め心地には定評があり締めると「きゅっきゅっ」と絹鳴りがします。
また博多帯のなかでも上質な「献上博多」は独鈷と華皿、子持ち縞をあしらった模様が特徴です。

博多織の歴史

鎌倉時代1241年に弁円と共に宋から帰国した博多商人の満田弥三右衛門が持ち帰った唐織の技術が博多織の起源とされます。弥三右衛門はこの技法を家伝としました。

弥三右衛門は宋より持ち帰った技術で織物を作りながら次第にオリジナルを求めるようになります。弁円のアドバイスで煩悩を破砕する法器である「独鈷」と供養のための花を入れる「華皿」を織り出すことを提案され独鈷と華皿を図案化します。

その後室町時代に弥三右衛門の子孫である彦三郎が明に渡り織物技法を学びます。帰国後家伝の技法と明で学んだ新技術を以て、やがて厚地で柳条を特徴とする織物を開発しました。これが、現在の伝統的博多織の始まりです。

江戸時代になり、筑前の初代黒田藩主黒田長政から幕府へ独鈷華皿文様の博多織が献上されました。博多織が全国に知られるきっかけとなり以降、独鈷華皿文様は献上柄と呼ばれるようになります。

博多織の帯は締め心地がよく崩れないため刀を差す際に重宝され武家に愛用されました。
その他歌舞伎役者や幕下相撲力士や古典音楽奏者、落語家などにも幅広く愛用されています。

明治時代には和装需要全体が大きく減少してしまいますが、産業面ではジャガード機の導入といった技術の近代化が進み博多織商品の多様化も進んでいきました。

現在では、圧倒的な生産量を誇る八寸帯に加えて、ネクタイやポーチ、名刺入れなど和装用品だけではなく様々な博多織製品が開発生産されています。

博多織の技法

博多織には以下の7種の技法があります。

  1. 1,献上・変り献上(けんじょう・かわりけんじょう):先染め、先練りした絹糸を使用。地組織は平織の変化織、綾織、朱子織。
  2. 2,平博多(ひらはかた):先染め、先練りした絹糸を使用。地組織は経畝織。
  3. 3,間道(かんどう):先染め、先練りの絹糸を使用。地組織は平織りの変化織、綾織り、朱子織。
  4. 4,総浮(そううけ):先染め、先練りの絹糸を使用。浮けたてで紋を表す。
  5. 5,捩り織(もじりおり):先染め、先練りの絹糸を使用。からみ織りして浮けたてで紋を表すか経糸と絵緯糸で表す。
  6. 6,重ね織(かさねおり):先染め、先練りの絹糸を使用。紋を経糸または経糸と緯糸で表す。
  7. 7,絵緯博多(えぬきはかた):先染め、先練りの絹糸を使用。地組織は平織の変化織、綾織、朱子織。あるいは綾織、朱子織の変化織。

参考:博多織の証 博多織工業組合

 

帯の産地の見分け方

帯産地の見分け方として博多帯・西陣帯の証紙の特徴や桐生織の統一マークについてご紹介いたします。

【博多帯の証紙】
博多織の証紙
出典元:博多織の証 |博多織工業組合

博多帯には博多織工業組合が発行した長方形の証紙が必ず貼付されています。以前は絹繊維のグレードにより金、緑、赤などの文字の証紙が付けられていました。現在は絹が50%以上の製品は金色、絹50%以下の製品は水色でひし形に図案化された「博多」の文字が入れられています。その他に丸い金地に黒文字が絹50%以上、同じく丸い金地に水色文字は長方形の証紙と同様に絹50%以下の製品に貼付することが定められています。

【西陣帯の証紙】
西陣織の証紙
出典元:帯と着物の選び方 | 西陣織工業組合

西陣の帯には眼鏡型証紙と呼ばれている西陣織工業組合が発行した証紙が必ず貼付されています。
証紙中央に帯の種類、右側に「西陣織」の文字、その下に生産者番号が入っています。加盟順に番号が付与される為若い番号であるほど老舗や初期に加盟した織元さんです。現在生産者番号は2500番代まであります。織元が廃業となった場合は永久欠番になる為繰り返し別の生産元で使用されることはありません。

袋帯用証紙と呼ばれる金色の証紙、京袋帯用証紙と呼ばれる緑色の証紙、爪掻本綴帯用証紙の黒色の証紙、袋帯用証紙と若干金の色合いが異なる黒共帯用証紙というように帯の種類ごとに証紙があります。
袋帯用証紙は袋帯のほか、なごや帯、袋なごや帯、小袋帯などにも貼付されます。

【桐生織の統一マーク】
桐生織の統一マーク
出典元:地域団体商標「桐生織」の統一マークについて | 千三百年の歴史と伝統を誇る『桐生織』

桐生織には博多織や西陣織のような証紙はありませんが、統一マークと呼ばれる印があります。地域団体商標として「桐生織」が商標登録されたのを機に、この桐生織を表すマークが作られました。桐花紋と蜻蛉を組み合わせた図案に「桐生織Ⓡ」の文字が入っています。

 

まとめ

今回は帯の三大産地の西陣・桐生・博多のそれぞれの歴史や特徴、産地の見分け方などをご紹介しました。

現代の日常生活で着物は決して馴染み深いものではありません。それでも着物を着る機会があるときには帯の産地も少し意識してみると、より一層着物を楽しめることでしょう。